2010年12月7日火曜日

純粋であること

今日は青臭いこと書くけど…ごめんなさいね(いきなり謝ってどうする…)。

さて,先日,映画「告白」を観た後で,あの映画のウラには

コミュニケーション,理解,信頼,想像力などの欠如,喪失

が流れている,と書いた。あの作品が,コミュニケーションや信頼,理解の喪失の極北に位置しているとすれば,今日,日本映画祭のクロージング上映で観た成島出監督,堤真一主演の映画「孤高のメス」は,それと真逆の方向に最大振幅振れていると言っていいだろう。

ある地方都市の病院に赴任してきた外科医が主人公。保身的な学閥の医師たちに疎まれるが,院長や看護師,若い医師らの信頼を得ながら,困難な手術を次々と極めて手際よく成功させていく。そんな中,病院の支持者であった市長が病に倒れ,当時違法であった脳死肝移植を行なうことを決意する,というのがストーリーの柱。

実際,マンガにもなっているらしいが,マンガ的な出来すぎたストーリーである。こういう話はウソ臭くなりがちだが,この作品には,そんな嫌味なウソ臭さが感じられない。それには 3 つの理由が挙げられる。一つは手術の描写がリアルであること。ただ,近年の医療ドラマや映画は極めて精巧に作られているので,これは特筆するに当たらない。

2 点目は,堤真一演じる主人公の当麻鉄彦が,腕のいい外科医でありながら,孤高の天才というよりも,人間としての温かみのあるキャラクターとして描かれていることだ。僕にとっての堤真一と言えば,「弾丸ランナー」に始まる一連の SABU 作品をどうしても思い浮かべてしまう。どちらかと言えばクソまじめで面白くもなんともない人間なんだけど,トラブルに巻き込まれて,それが異様におかしいという…「MONDAY」なんて,思い出しただけで今でも十分笑える。だから,どんなにまじめな役を演じていても,何かやるんじゃないかと思って,どうしても観ながらにやけてしまうのだ。そんなこともあるものだから,この映画で主人公が時折見せるお茶目な一面に,「来た来た」と思って,ニヤニヤしてしまう。その意味で,このキャスティングは絶妙だし,この辺りの描写が,この作品のトーンを形成する上で一種の緩衝材になっていると言える。

そして,3 番目の理由。それは,この作品が,人と人とのつながり,信頼,理解,コミュニケーションを明に描いているということだ。主人公は純粋なまでに自らの信念を貫き通す。現実では,そういった場合,何らかの破綻をきたすことが多いわけで,フィクションとは言え,この手の話の流れはウソ臭くなっても仕方がない。ところが,この映画は形式的には医療の問題を扱っていながら,作品を貫くテーマが人間どうしのつながりであるという点,このことがこの作品を支える大きな要因になっていると,僕は思う。

医療の現場に限らず,僕が身を置く教育の世界においても,我々がピュアであり続けることは難しい。現実の社会で起こる諸問題には,多くの場合,最適解が存在せず,我々にはその中から最適解に最も近い準最適解を選択することが求められる。ところが,この準最適解というやつは曲者で,どちらの方向から見るかによって,より数学的に言えば,どの座標軸に射影するかによって「最適」であることの意味合いが変わってくる。このような状況で,この映画の主人公のように純粋であり続け,ぶれることなく自らの信念を貫き通すことは非常に困難だ。僕自身,運よく比較的良い解を見つけられたこともあれば,苦い思いをしたことも少なくない。そんな,ある種「究極の選択」を迫られた場面で,何をよりどころにするかというと,やはり人間どうしのつながり,信頼や理解,意志疎通に他ならないと思う。いかにこの物語が一見,作りものめいた体裁をしていようとも,作品を貫くこのテーマが僕にはリアルに訴えかけてきたし,主人公・当麻の姿に快哉を叫ばせてくれた。

映像作品として難がないわけじゃない。亡くなった看護師の日記を若い医師でもある息子が読みながら過去の出来事を辿るという形式上,モノローグが多いのは仕方ないとは思うが,もう少し処理のしようがなかったか?

でも,そんなことは大きな問題ではなかった。少なくとも僕にとっては,これまでに経験したことを思い出させてくれ,これからのことを考えさせてくる契機を与えてくれたし,良い方向に気持ちをリセットさせてくれたという意味で,感謝すべき素晴らしい映像体験だった。

現実社会の中でバランス感覚を保つことは難しいよ。でも,その中ですべてと言わずとも,どれだけ自分のピュアな思いを保つことができるか。人と接する職業柄,この問題は僕らが常にに抱え続けなくちゃいけないトレードオフ,永遠に解決することのできない未解決問題であると思う。

ま,そこが面白いと言えば,面白いんだけどね。


追記:(最近,これが多い)
ところで…反当麻の医者の一人を演じていた斉藤歩さんの肝臓は,今,元気なんだろうか?

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