2010年8月4日水曜日

MIFF #12

"A Film Unfinished" @Greater Union 3

作家が何らかの意図を持って作り上げたものである限り,ドキュメンタリー映画には,作者の主観が半必然的に入り込む。

ナチのアーカイブから,ワルシャワのゲットーの様子をナチスの広報部隊が撮影したフィルムが発見された。タイトルには,一言「ゲットー」とだけ書かれてあり,フィルムは撮影されたまま,加工や編集を施されることなく,保管されていた。この映画は,生存者や当時のカメラマンなどの証言を交えながら,このフィルムに記録された映像を,そこに残されていたありのままを映し出していく。

ナチスは,このフィルムをどう利用しようとしたのか? そこには,ゲットーでのユダヤ人の生活が裕福なものであるように見せかけるよう,演出され,何度もテイクが繰り返されていく様子が映し出される一方,飢餓で亡くなった人々の死体を処理する様子まで記録されていた。プロパガンダと記録の双方の意図があったと予測される。

ナチスがこの映画を完成させていたならば,プロパガンダとして機能したであろう。一方,本作では,ナチの狂気と愚かさが,極めて静かなタッチで浮き彫りにされていく。この未編集のフィルムをそのまま映し出すことにより,作者の意図が逆に明白になっているのだ。その意味で "A Film Unfinished" というタイトルは秀逸だ。

それにしても,生のフィルムをそのまま利用したことに対し,作者には大きな敬意を払わねばなるまい。失われかけたフィルムに解釈を与えた上で,現代の技術により,メディアとして残したことも確かに重要である。一方,このフィルムには,当時のユダヤ人の生活がそのまま記録されている。彼らの顔も,身体も,そして亡骸に至るまでが,ありのままの形で,ときにはクローズアップを用いて記録されている。その意味では,これを白日のもとにさらすにあたり,作者には大きな勇気と責任が要求されることになる。何よりもその意味で作者を讃えたいと思う。

人間の尊厳を貶めたことを糾弾し,暗黒の歴史を繰り返さぬことを叫ぶだけではなく,死者を尊ぶためのレクイエムとして,これほど静かでありながら過激な方法はないのではないだろうか。

あの大戦が終わって,もうすぐ 65 年になる。しかし,歴史はフィルムのリールのように今も回り続けている。

A Film Unfinished
(2010 年 / イスラエル / 89 分 / ドキュメンタリー / 白黒, 一部カラー)
監督:Yael Hersonski
出演:Alexander Beyer / Rüdiger Vogler
サンダンス映画祭2010 ワールドシネマ ドキュメンタリー部門編集賞

★★★★★★★★★☆

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